いいひと

同僚が飛んだ。

ある朝、所謂退職代行から電話がかかってきた。
電話をとったのは私だ。
「法律事務所」と名乗った女性の淡々とした声に、私はひどく動揺した。
彼女は事務的な内容を述べ、電話は切れた。

社内は少しバタついたが普段通りに業務が始まる。
ある意味、予想されたことだったからだ。
彼は日常的にパワハラを受けていた。

「最後まで迷惑かけやがって」
上司はそう吐き捨てた。先輩はそれに頷いた。
(ここには長居出来ない。)私はひっそり思った。

彼は良い人だった。優しく人の為によく動いた。
嫌な顔をちっとも見せなかった。
だからこそターゲットだった。

何故彼が辞めなければならなかったのか。
そんな悔しさを感じながら、自分にも嫌気がさしていた。
同じ辛さを私は知っている。それなのに助けることが出来なかった。
卑怯な自分を受け入れることが出来ず、開き直ることも出来ず、
がっくりとただ落ち込んでいる。本当に辛いのは彼の方なのに。

結局は我が身が可愛いのだ。
きっと次のターゲットは私だ。
矛先が自分に向くのが怖くて助けることも出来ず、かと言って上司に媚びることも出来ず、
ぐらぐら落ち着かないメンタルで毎日をやり過ごしている。
優しくて「いいひと」な彼は、私にとって「都合のいいひと」だったのだ。
アニメ『進撃の巨人』にそんな会話のシーンがあったことを思い出す。